2014年10月14日火曜日

天秤という呼び名、カウンターマーチという呼び方

この話を書くのは、たぶん3回目。自分でもまだ飽きないか・・・と思いながら。

たぶん、「天秤のない天秤式」というキャッチコピーに 心をわしづかみ されたのだろうと思います。いつもなら、キャッチコピーの隣、もしくは、下にある長い説明文を目を凝らして読む・・・・。メーカーや販売店は、この長い説明文を読んでもらうために、少しでも魅力的なキャッチコピーをつくろうと並々ならぬ時間をかけ知恵を絞るのが今までの通例。写真が簡単に使える時代になったので、長い文章なぞ不要なのかもしれませんね。

特定の商品について書くつもりはありません。天秤がなくてもカウンターマーチとかカウンターマーチ・システムとかアメリカでは呼ぶ場合がある・・・・今まで、私の頭の中では、天秤式とカウンターマーチは同じ像として重なり、はっきりと見えていたのに、今はぼやけたまま。まるで、置き忘れた老眼鏡を探し続けているような心地さえします。


Countermarchは、英語。イギリスでも同じ呼び方かどうかは定かではないので、とりあえず、このタイプの織機の米国名と書いたほうがよさそうです。スウエーデンではKontra marshのようです。スウエーデンでこの織機を使って学んだ方は、コントラマルシと呼ぶと思いますから、アメリカでの呼び方であることは、間違いなさそうです。

スウエーデンの手織りの英訳本『The Big Book』をはじめ、アメリカの書籍やパンフでは、北欧の織機の天秤の部分の名称は、「Jack/ジャック」。誤解を招かぬように「カウンターマーチ・ジャック」と書かれている場合もあります。
ジャックとは、自動車のタイヤ交換の時などに聞くジャッキアップのジャッキ。このジャック/ジャッキという言葉は、「重量物を手この原理や油圧、水圧などで押し上げる装置のこと」。和訳すると、「てこ」。フィンランドでも、「てこ」を意味する「vipu」という言葉が呼び名になっているとコメントで教えて頂きました。(いつもありがとうございます。)
でも、ご存知の通り、天秤のある(綜絖の上がると下がるの両方を踏み木とタイアップする)北欧の織機をアメリカでは、Jack Loom/ジャッキ式織機とは呼びません。

まずは、日本名の「天秤式」について。
vipuやJackを日本語へ直訳すれば、「てこ式」織機。Jackに天秤の意味はありません。日本語の「天秤式」という呼び名自体が、この織機の構造をよりわかりやすく表現した「意訳」ということになります。異論もあるかもしれませんが、手織の外の一般世界では「てこ」と「天秤」は明らかに違いますから。どなたが「天秤式」と名付けたのか知りませんが、日本の感覚に沿ったとてもわかりやすく自然なネーミングで・・・感服です。(追記;これは、水平式の場合の話で、垂直式は改めて見ると「てこ」がやはりふさわしいかもしれません。)


さて、以前のアメリカには、「Jack/ジャック/てこ」が綜絖の下にある現在のようなタイプだけでなく、上にあるタイプもあったようです。北欧の天秤式織機の上ラムがないような織機。綜絖を上げて開口し続けるには、かなりの脚力が必要だったのではないかと思います。(図やイラストは、THE COMPLETE BOOK OF DRAFTING、Learning to Warpを参照してください。 ) 
どちらのタイプも綜絖が「上がる」と「動かない」で開口する織機です。これらが現在、アメリカでも日本でもジャックルームとかジャッキ式と呼ばれている織機に共通する開口のしかたです。


柄や織り方を料理のレシピのようにやりとりしていた時代、長時間織っても踏み木が軽くて疲れないとか、開口がすっきりせずに織キズになったりなど・・・。北欧の天秤式織機も今は見ることがない古いジャックルームも上部に同じようなジャックがあったのですが、このふたつの織機の性能は明らかに違う。ですから、それぞれ別の呼び名が必要になった・・・・と想像できそうです。

北欧のジャックのある織機(つまり、天秤式織機)は開口するときに、すべての綜絖が上か下に同時に動きます。同じように上部にジャックがあっても、この北欧の織機だけの特徴的な開口のしかたです。そして、この綜絖の動き方を呼び名にした・・・・「Counter」-最適な日本語が見当たらないのですが-「正反対方向」という言葉が入ったスウエーデン語のコントラマルシ/ Kontra marsh、もしくは、ドイツ語を米訳したカウンターマーチ/Countermarchという呼び方が一般的になったのではないかと考えられます。

ですから、綜絖さえこの動き方をすれば、ジャック(てこ・天秤)があってもなくても・・・カウンターマーチ式という呼び方にアメリカでは違和感がないのかもしれません。上部の大きな天秤が退化して、電動で動いても、リビングに置いても圧迫感のない背の低い織機へと容姿が進化しても、カウンターマーチという呼び方は変わらない・・・・。


80年にカウンターマーチを紹介した美術出版の『織物の用具と使い方』には、「綜絖のアクション」として、「下ジャック式は上口開口、カウンターマーチ式は中口開口、ろくろ式は下口開口で組織により例外がある。」と説明があります。しかし、ろくろ式は全ての綜絖が上か下に動いて開口しますから、カウンターマーチと同じ中口開口です。アメリカの本にある「タイアップの説明」から引用して、織機の説明としたために実際と食い違う内容になりました。カウンターマーチという言葉をわかりにくくした一因と思われます。

歴史も考え方も違うのですから、「進化したカウンターマーチ」を「天秤式」と訳し続けることは無理があります。イラストや写真をみて、同じ構造の織機だからと・・・『カウンターマーチは、天秤式織機」とイコールで結んで訳していた時期があったと考えたほうがすっきりします。今、カウンターマーチという言葉を、状況や内容を確認せずにそのまま天秤式と訳すのは無理があるようです。手織の世界でも時代は移り変わっています。


最後に、アメリカで手織を教えた経験が豊富な Deborah Chandler が初心者向けに書いた本『Learning to Weave』の最後の章の「織機を買うにあたって」という題で書かれた文章の一部「type of lifting mechanism/綜絖の上下のしかたの種類」から。
雑誌Handwoven 1983年11-12月号にも掲載されています。都合上、一部分のみです。興味のある方は原文をご参照ください。

織機を購入するときに質問すべき項目の最後は、「とても大切な」こと・・・ジャックルーム、カウンターバランス式、カウンターマーチ式、それぞれの織機の綜絖を上げたり下げたりする仕組みについてです。
ジャックルームはそれぞれの綜絖をそれぞれ単独で別々に持ち上げることができます。どの綜絖でも上げたいと思う綜絖を上げることができ、他の綜絖はそのままで動かないので、何の制約もなく自由に織り柄をデザインすることができます。
カウンターバランス式織機では、綜絖は滑車やろくろなどのローラー(回転するもの)にかけられたロープの両端に吊り下げられます。1番綜絖にたいして2番綜絖、3番綜絖にたいしては4番綜絖がペアとなり、1と2番を一緒にすると3と4番綜絖が一緒となる2枚ずつのペアとなり、1と2番綜絖が上がるとき3と4番綜絖が下がります。どの2枚の綜絖を選んでも上げたり下げたりできますが、必ずペアで動きます。このため1枚にたいして3枚はできません。(しかし、これは理論上のことで、あるタイプのカウンターバランス式は、思いもよらないことですが、このようなアンバランスな動きができることもあります。)ローラーを使っているため軽く動き、織る人の足の負担は少なく、綜絖は同時に上下するのでくっつきやすい経糸の場合でも問題なく開口します。
カウンターマーチ式は、それぞれの綜絖と踏み木がつりあって動く織機ですので、制約なしに動かしたい綜絖を上げたり下げたりできます。つまり、自由に織り柄をデザインして織ることができます。踏み木は軽く、綜絖は同時に上下反対方向に動くのでカウンターバランスと同じようにくっつきやすい経糸の場合でも問題なく開口します。論理的には、両方の織機のよい点をそなえており、性能面からは最もよい織機といえます。(後略)


私の探していたのは確かな説明文。いつもの本の中にありました。
ジャックルームの使い方や織り方などを書いた本の最後にこの文章があるのは意外な気もしますが、織機の性能が優れていれば、誰もが満足して楽しく織物ができるとは限らない・・・・ということも書かれています。


※文中のカウンターバランスは、ろくろや滑車などのローラーが前後、もしくは上下に並ぶアメリカなどでは一般的なタイプのことと思われます。日本の「3本ろくろ2重吊り」は「思いもよらない・・・・」になると理解するほうがよさそうです。
※「くっつきやすい経糸」とは、モヘヤのように長い毛などのある糸使いや経糸の密度が高い場合など

※意見のある方は、間違いだとして書き直しや書き足しをするのではなく、自分の考えとその理由、参考資料等を必ず書いてください。また、手織りを学んだのは、米国式、北欧式、日本式のいづれなのかと経歴などのプロフィールを書き添えてください。投稿は簡潔にお願いします。

3 件のコメント:

  1. ろくろ式織機は下口開口(下開口)と覚えてしまうと、手織に使われる代表的な3タイプの織機の特徴と関連性が見えなくなってしまいます。

    手織り雑誌の編集者で、手織の学校も主催しているMadelyn van der Hoogetは、1993年に発表した「THE COMPLETE BOOK OF DRFTING FOR HANDWEAVERS/手織をするひとのための組織図のすべて」で、ろくろ機をsinking shed/綜絖が下がる織機という呼び方は「間違いやすい表現だ」と書いています。

    あげく、日本では、繊維工業界で使われる「下口開口」を訳語としてあてはめたため、もっともらしい印象となり、さらにわかりにくくなりました。

    米国では、20年も前に「間違えやすい」と指摘して、呼び方を工夫しているのですが、日本では、いまだに「ろくろは下口開口」と教えている場合があるようです。

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  2. こんにちは。いつも大変興味深く拝見させていただいています。
    以前にもこの話題で一度コメントしておりますが、再び書かせていただきます。

    というのも、最近になって気づいたのです。「カウンターマーチ」と「天秤式」は、別のことを別の観点から言い表している言葉であろうということに。私自身も含めて、一般に、それらを並列の言葉、あるいは訳語・意訳として受け取ってきてしまったことに、混乱の原因があったのではないかと。

    カウンターマーチやカウンターバランスという言葉がそもそも表しているのは、単語の意味を考える限り、どうも綜絖の動きのような気がします。前者は綜絖が逆方向に動く、後者は複数の綜絖が互いに関連付けて動く、それらのことに注目して使われるようになった言葉ではないでしょうか。そう解釈すると、これらの言葉は、綜絖の動きについての表現でしかなく、綜絖を動かす装置そのもの(たとえば天秤とかろくろとか)については一切言及してないと考えられます。(英語には疎いので間違っているかもしれません。ご指摘ください。)

    「カウンターマーチ」が、装置について言及していない言葉だと考えれば、天秤がなくても電動でも、「カウンターマーチ」ということに矛盾がなさそうです。

    一方で、「天秤式」「ろくろ式」「ジャック式」などという言葉は、綜絖を動かす装置そのものを表しているだけであって、綜絖の動き自体については何ら語っていない言葉だと考えられます。

    すなわち、「カウンターマーチ」と「天秤式」の表していることは別の次元のこと。これら2つの言葉はもともと観点が違い、ゆえにイコールとして関連付けることはできない言葉。ただ、綜絖を動かす装置が、「カウンターマーチ」では一般に、いわゆる「天秤式」であり、逆に「天秤式」の大部分の機の綜絖の動きが「カウンターマーチ」であったために「天秤式」=「カウンターマーチ」と理解されるようになったのではないでしょうか。

    アメリカの事情も日本の事情もよく知りませんので、大いなる誤解・勘違いに満ち溢れているかもしれませんし、もしかすると、i. asaokaさんが問題にされている観点ともずれているかもしれません。

    ただ、問題提起してくださったことに感謝をこめて(このブログを読ませていただかなかったら、まったく考えなかった話題だと思うので)、自分なりの(多分)最終的な考えを書かせていただいた次第です(有難迷惑かもしれませんが)。

    うまくまとまらず、長くなってしまいました。すみません…

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  3. 「カウンターマーチ」と「天秤式」の表していることは別の次元のこと。これら2つの言葉はもともと観点が違い、ゆえにイコールとして関連付けることはできない言葉。<<<言葉の語源や矛盾がないように考えていくと、やはり、この意見にたどり着くことになるのだろうと思います。もちろん私も同じ観点です。

    続けていれば、日本と米国で織機に詳しい方々にそれぞれお話をうかがえる機会があるような気がします。

    さて、カウンターマーチという言葉は、織機だけに使われる専門用語ではありませんでした。たぶん英語を母国語とする人たちはこの言葉を聞いただけで意味がわかるのだろうと思います。でも、そのまま置き換えられる日本語の単語はありません。
    そして、この織機を「天秤式」という名で日本に紹介した人、たぶん、ジャカードや古くは天引き機などを使う柄織が盛んな地域の出身の製作所だと思うのですが、そこで制作した織機の呼び名だった「天秤式」が一般的な名称になってしまったらしいこと。

    この2つが大きなポイントだったようです。

    日本では主に無地の布を効率よく織りたい。北欧や米では広幅でさまざまな柄の布を織りたい。求めることが違えば、当然のことながら織機を注意して見る所が違ってくる・・・ということだと思います。

    頂いた、フィンランドでは、直訳すると「てこ式」になるというコメントは良いヒントになりました。
    この話の発端は、パラレルカウンターマーチでした。その時、手織りについて、とてもよく勉強し詳しいと自称なさる方といろいろな織機を数多く使った経験があるから間違いがないというお二人から頂いたコメントに疑問を感じたのもきっかけとなりました。ありがとうございました。

    自分が生まれ育ち過ごしてきた環境、勉強したことや経験だけでは、説明できないことがたくさんある・・・・「衣食住」の「衣と住」に関係する「織」だから、おもしろいのだろうと思います。

    今の日本の手織を料理に例えるのなら、オムレツもスパゲティーもハンバーグもバターの香りがすれば「洋食」と呼んだ時代に、もしかすると、まだいるのかもしれないと思ったりします。

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