この話を書くのは、たぶん3回目。自分でもまだ飽きないか・・・と思いながら。
たぶん、「天秤のない天秤式」というキャッチコピーに 心をわしづかみ されたのだろうと思います。いつもなら、キャッチコピーの隣、もしくは、下にある長い説明文を目を凝らして読む・・・・。メーカーや販売店は、この長い説明文を読んでもらうために、少しでも魅力的なキャッチコピーをつくろうと並々ならぬ時間をかけ知恵を絞るのが今までの通例。写真が簡単に使える時代になったので、長い文章なぞ不要なのかもしれませんね。
特定の商品について書くつもりはありません。天秤がなくてもカウンターマーチとかカウンターマーチ・システムとかアメリカでは呼ぶ場合がある・・・・今まで、私の頭の中では、天秤式とカウンターマーチは同じ像として重なり、はっきりと見えていたのに、今はぼやけたまま。まるで、置き忘れた老眼鏡を探し続けているような心地さえします。
Countermarchは、英語。イギリスでも同じ呼び方かどうかは定かではないので、とりあえず、このタイプの織機の米国名と書いたほうがよさそうです。スウエーデンではKontra marshのようです。スウエーデンでこの織機を使って学んだ方は、コントラマルシと呼ぶと思いますから、アメリカでの呼び方であることは、間違いなさそうです。
スウエーデンの手織りの英訳本『The Big Book』をはじめ、アメリカの書籍やパンフでは、北欧の織機の天秤の部分の名称は、「Jack/ジャック」。誤解を招かぬように「カウンターマーチ・ジャック」と書かれている場合もあります。
ジャックとは、自動車のタイヤ交換の時などに聞くジャッキアップのジャッキ。このジャック/ジャッキという言葉は、「重量物を手この原理や油圧、水圧などで押し上げる装置のこと」。和訳すると、「てこ」。フィンランドでも、「てこ」を意味する「vipu」という言葉が呼び名になっているとコメントで教えて頂きました。
(いつもありがとうございます。)
でも、ご存知の通り、天秤のある(綜絖の上がると下がるの両方を踏み木とタイアップする)北欧の織機をアメリカでは、Jack Loom/ジャッキ式織機とは呼びません。
まずは、日本名の「天秤式」について。
vipuやJackを日本語へ直訳すれば、「てこ式」織機。Jackに天秤の意味はありません。日本語の「天秤式」という呼び名自体が、この織機の構造をよりわかりやすく表現した「意訳」ということになります。異論もあるかもしれませんが、手織の外の一般世界では「てこ」と「天秤」は明らかに違いますから。どなたが「天秤式」と名付けたのか知りませんが、日本の感覚に沿ったとてもわかりやすく自然なネーミングで・・・感服です。(追記;これは、水平式の場合の話で、垂直式は改めて見ると「てこ」がやはりふさわしいかもしれません。)
さて、以前のアメリカには、「Jack/ジャック/てこ」が綜絖の下にある現在のようなタイプだけでなく、上にあるタイプもあったようです。北欧の天秤式織機の上ラムがないような織機。綜絖を上げて開口し続けるには、かなりの脚力が必要だったのではないかと思います。
(図やイラストは、THE COMPLETE BOOK OF DRAFTING、Learning to Warpを参照してください。 )
どちらのタイプも綜絖が「上がる」と「動かない」で開口する織機です。これらが現在、アメリカでも日本でもジャックルームとかジャッキ式と呼ばれている織機に共通する開口のしかたです。
柄や織り方を料理のレシピのようにやりとりしていた時代、長時間織っても踏み木が軽くて疲れないとか、開口がすっきりせずに織キズになったりなど・・・。北欧の天秤式織機も今は見ることがない古いジャックルームも上部に同じようなジャックがあったのですが、このふたつの織機の性能は明らかに違う。ですから、それぞれ別の呼び名が必要になった・・・・と想像できそうです。
北欧のジャックのある織機(つまり、天秤式織機)は開口するときに、すべての綜絖が上か下に同時に動きます。同じように上部にジャックがあっても、この北欧の織機だけの特徴的な開口のしかたです。そして、この綜絖の動き方を呼び名にした・・・・「Counter」
-最適な日本語が見当たらないのですが-「正反対方向」という言葉が入ったスウエーデン語のコントラマルシ/ Kontra marsh、もしくは、ドイツ語を米訳したカウンターマーチ/Countermarchという呼び方が一般的になったのではないかと考えられます。
ですから、綜絖さえこの動き方をすれば、ジャック(てこ・天秤)があってもなくても・・・カウンターマーチ式という呼び方にアメリカでは違和感がないのかもしれません。上部の大きな天秤が退化して、電動で動いても、リビングに置いても圧迫感のない背の低い織機へと容姿が進化しても、カウンターマーチという呼び方は変わらない・・・・。
80年にカウンターマーチを紹介した美術出版の『織物の用具と使い方』には、「綜絖のアクション」として、「下ジャック式は上口開口、カウンターマーチ式は中口開口、ろくろ式は下口開口で組織により例外がある。」と説明があります。しかし、ろくろ式は全ての綜絖が上か下に動いて開口しますから、カウンターマーチと同じ中口開口です。アメリカの本にある「タイアップの説明」から引用して、織機の説明としたために実際と食い違う内容になりました。カウンターマーチという言葉をわかりにくくした一因と思われます。
歴史も考え方も違うのですから、「進化したカウンターマーチ」を「天秤式」と訳し続けることは無理があります。
イラストや写真をみて、同じ構造の織機だからと・・・『カウンターマーチは、天秤式織機」とイコールで結んで訳していた時期があったと考えたほうがすっきりします。今、カウンターマーチという言葉を、状況や内容を確認せずにそのまま天秤式と訳すのは無理があるようです。手織の世界でも時代は移り変わっています。
最後に、アメリカで手織を教えた経験が豊富な Deborah Chandler が初心者向けに書いた本『Learning to Weave』の最後の章の「織機を買うにあたって」という題で書かれた文章の一部「type of lifting mechanism/綜絖の上下のしかたの種類」から。
雑誌Handwoven 1983年11-12月号にも掲載されています。都合上、一部分のみです。興味のある方は原文をご参照ください。
織機を購入するときに質問すべき項目の最後は、「とても大切な」こと・・・ジャックルーム、カウンターバランス式、カウンターマーチ式、それぞれの織機の綜絖を上げたり下げたりする仕組みについてです。
ジャックルームはそれぞれの綜絖をそれぞれ単独で別々に持ち上げることができます。どの綜絖でも上げたいと思う綜絖を上げることができ、他の綜絖はそのままで動かないので、何の制約もなく自由に織り柄をデザインすることができます。
カウンターバランス式織機では、綜絖は滑車やろくろなどのローラー(回転するもの)にかけられたロープの両端に吊り下げられます。1番綜絖にたいして2番綜絖、3番綜絖にたいしては4番綜絖がペアとなり、1と2番を一緒にすると3と4番綜絖が一緒となる2枚ずつのペアとなり、1と2番綜絖が上がるとき3と4番綜絖が下がります。どの2枚の綜絖を選んでも上げたり下げたりできますが、必ずペアで動きます。このため1枚にたいして3枚はできません。(しかし、これは理論上のことで、あるタイプのカウンターバランス式は、思いもよらないことですが、このようなアンバランスな動きができることもあります。)ローラーを使っているため軽く動き、織る人の足の負担は少なく、綜絖は同時に上下するのでくっつきやすい経糸の場合でも問題なく開口します。
カウンターマーチ式は、それぞれの綜絖と踏み木がつりあって動く織機ですので、制約なしに動かしたい綜絖を上げたり下げたりできます。つまり、自由に織り柄をデザインして織ることができます。踏み木は軽く、綜絖は同時に上下反対方向に動くのでカウンターバランスと同じようにくっつきやすい経糸の場合でも問題なく開口します。論理的には、両方の織機のよい点をそなえており、性能面からは最もよい織機といえます。(後略)
私の探していたのは確かな説明文。いつもの本の中にありました。
ジャックルームの使い方や織り方などを書いた本の最後にこの文章があるのは意外な気もしますが、織機の性能が優れていれば、誰もが満足して楽しく織物ができるとは限らない・・・・ということも書かれています。
※文中のカウンターバランスは、ろくろや滑車などのローラーが前後、もしくは上下に並ぶアメリカなどでは一般的なタイプのことと思われます。日本の「3本ろくろ2重吊り」は「思いもよらない・・・・」になると理解するほうがよさそうです。
※「くっつきやすい経糸」とは、モヘヤのように長い毛などのある糸使いや経糸の密度が高い場合など
※意見のある方は、間違いだとして書き直しや書き足しをするのではなく、自分の考えとその理由、参考資料等を必ず書いてください。また、手織りを学んだのは、米国式、北欧式、日本式のいづれなのかと経歴などのプロフィールを書き添えてください。投稿は簡潔にお願いします。